「リードギターが奏でるクサメロ」という点において、他の追随を許さないほどのメロディアスさを誇り、そのドラマチックな旋律の荒ぶりで国内外で活動をしていた、メロディックデスメタルバンド・GYZE。
そんなGYZEの中心人物であるRYOJIさんが、海外でのライヴ活動にて、各国のバンドを間近で観ることにより、日本のバンドとしてのアイデンティティを強く意識するようになったらしい。そこから「雅楽とメタルを融合させて、他のバンドが出していない音を出す」という方法論を思い立ったんだとか。
シングルの『龍吟』、および4thフルアルバム『ASIAN CHAOS』は、そんな日本人メタルバンドとしての意識が表質したかのように、日本的なメロディーが色濃く出ていたので、2018年ごろから変化の兆候はありました。
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2020年代に入ると、その方向性はさらに強調されるようになり、やれサムライだとかニンジャだとか、イロモノニッポン的な価値観を押し出すようになる。この頃から「GYZEだいぶ変わったなぁ...」と思うようになっていました。
そしてそれだけに飽き足らず、とうとうバンドコンセプトを「純邦楽を取り入れたメタル」に絞り、バンド名をRYUJINに変更、ナパームレコードに日本人バンドとして初めて契約し、TRIVIUMのマシュー・キイチ・ヒーフィーをプロデューサー(一部楽曲ではヴォーカルも担当)に迎えて新作を出すというニュースが出ることとなりました。
なおこの改名を、バンド側は「昇格」という表現にこだわっているのですが、それじゃせっかく実家の美容室から取り、10年以上バンド名として掲げていたGYZEという名前が格下みたいな感じになってしまうのですが、それでいいんですかね?
まあ前置きが長くなりましたが、そんな経緯で発表されたGYZEあらためRYUJINの1stフルアルバム。優れたメロディーセンスを持つRYOJIさんのことですし、大手なパームレコードからのリリースというのもありますし、楽曲のクオリティーは概して高い。
ただ、『ASIAN CHAOS』の時点でニッポン推しがややくどいと感じてしまった僕としては、本作は(というか今のバンドの方向性そのもの)やりすぎの域に到達してしまっており、イマイチハマりきれない感じ。
いや、もちろんメロディアスな旋律はちゃんと含まれていて、その点は良いんですよ。非常にキャッチーでフックある歌メロが牽引するバラード調のM5「THE RAINBOW SONG」に、フォークメタルらしい翳りが抜群に効いたM6「KUNNECUP」、ポップとも言えるほど潤沢なメロディーが溢れるギターソロを持つM7「SCREAM OF THE DRAGON」の三連発は普通に良くて印象に残りやすい。
M8「GEKIRIN」の高速ビートに乗ったギターソロ、シャウトのバックで歌うように奏でられるリードギターには、GYZE時代の名残がしっかりと息づいています。こういうメロウさの演出においては、やはりこのバンドは強いなと思わせられます。
ただ、やっぱりニッポン要素を押し出しまくった弊害なのか何なのか、単純にGYZEの頃に聴けたような、激烈に琴線を掻きむしってくるかのような哀愁が、全体的に削がれているようなのが気になりますね...。「DAY OF THE FUNERAL」とか、「NORTHERN HELL SONG」とかは、もっと直球に泣きのツボを刺激する旋律が大盤振る舞いでしたが、本作はそういったストレートな泣きが少々物足りない。
まあそういった過去の姿にとらわれなければ(それが難しいのですが)、充分にメロディアスで勢いのあるメタルとして聴けますけどね。メロディックメタルファンが本作を評価するなら、濃すぎる純邦楽要素を肯定的に受け止められるか否かにかかっているかと。
ちなみに国内盤ボーナストラックのM12「EVERYTIME I DIE」は、彼らのルーツであるChildren Of Bodomの同名曲カバーで、これまた見事に雅楽チックなアレンジが満載。これを「バンドのカラーを織り込ませた個性的なカバー」と捉えるか、「ニッポン要素をムリクリ押し込んで、雰囲気を壊している」と捉えるかは、だいぶ微妙なところですね...
個人的に本作は
"GYZE時代にあったメロウなギターと派手なサウンドは健在。大幅に導入された純邦楽要素に代わって、ストレートな泣きの哀愁度は薄れているような..."
という感じです。